• はじめに

先日、ある企業のコンプライアンスを担当されている経営幹部の方とお話させていただく機会がありました。その方から「知的財産権に関するコンプライアンスについて、うちの業界の他社がどのような対応をとっているか、教えて欲しい、どのくらいのことを行っていれば、コンプライアンス的に大丈夫ですか」と質問されました。この質問をされたときに、私自身、非常に驚いたことを覚えています。というのは、まず、(法律の)専門家に「どの程度のコンプライアンスをやっていれば大丈夫ですか?」という質問をされても、我々としては「法律違反をしないように、徹底的にやりましょう」としか答えられないからです。

この質問の背景には「赤信号、みんなで渡れば怖くない」的な非常に日本的な考え方が隠れているとしか思えません。「他社もやっているから、うちがやっても許される」という安易な考え方は、現代の社会では通用しません。コンプライアンスが「法律を遵守する」という意味であるならば、特許法や著作権法も日本の法律であり、独占禁止法や消費者保護法等と何ら変わりがないからです。すなわち、「業界が違うから(知的財産権法はそれほど厳格には)守らなくてもよい」「他社が守っていないから、自分も守らなくてよい」という考え方が通用しないことは明らかです。

 

  • 知的財産権法違反の具体例

それでは、知的財産権のコンプライアンスの対象となる事とは具体的にどのようなものなのでしょうか。まず、知的財産権といえば、「特許権」を思い浮かべる方が多いと思いますが、必ずしも特許権に限定されるものではありません。知的な創作活動によって何かを創りだせば知的財産権として保護されます。たとえば、本を書いたり、音楽を作曲したりすれば、著作権として保護され、商品に名前(名称)を付して商売していれば、その名前(名称)は商標権として保護されます(この場合、特許庁への出願という行政手続きが必要になりますが・・・)。「ハローキティ(サンリオ)」や「くまモン(熊本県)」も歴とした知的財産権の一つで、商標法によって保護されています。

こうした知的財産権法の違反について見てみると、たとえば、皆さんの会社では、新聞や雑誌の記事をコピーして、部内や課内で回覧したりしていませんか?あるいは、漫画のキャラクターを商品宣伝のために広告チラシに勝手に使ったりしていませんか?これらは、立派な著作権侵害であり、故意に行った場合には、刑事罰(10年以下の懲役もしくは10百万円以下の罰金またはこれらの併科)が科されることもあります。また、提供している商品やサービスが、他社の特許権を侵害していたり、商品の名前(名称)に他人の商標権と似たような名称を使用していたために、販売差止めの警告状をもらったりしたことはありませんか?

これらは、事前に調べておけば容易に回避できることです。それを怠ったために、高い実施(使用)許諾料や販売の差止めを余儀なくされてしまうことになりかねません。

さらに、知的財産権に関するコンプライアンスは、これだけではありません。ベネッセやシテイバンクカードの顧客情報流出問題があります。これらの情報は営業秘密であって、不正競争防止法という法律で保護されている知的財産権です。これらの情報の管理体制は十分ですか?

こうしたことは、事前に少しだけコストをかけて「調べる」体制を整えておくことによって十分に予防できることです。

 

  • 知財コンプライアンスと営業戦略

ここで、上述したような知的財産権に纏わる問題を予防するためのコンプライアンス活動は「知財コンプライアンス」と呼ばれます。知財コンプライアンスに関して社会的信頼を失った企業が、再び社会的信頼を得るためには、「調べる」ことをちょっとだけ省略することによって削減したコストの何倍ものコストと努力を費やさなければ取り戻せないということを、みなさんは十分にご承知のことと思います。「信頼の回復には多大のコストが必要となる」これは業界の違いによって異なるものではありません。

そうであれば、「他社がやっていることをやっていれば大丈夫」という考え方を改め、多少のコストをかけてでも、知財コンプライアンスを徹底的に行い、顧客に対しては「わが社の製品は知財コンプライアンスを徹底して行っているので安心してお使いいただけます!」とアピールする戦略をとったほうが、顧客の信頼を獲得でき、中長期的には、はるかに多くの信頼(収益)につながるのではないかと思います。

 

  • 最後に

コンプライアンスは、基本的なリスク回避に関する考え方であり、業界の違いによって、その考え方が変わるものであってはなりません。それは、知的財産法であっても例外ではなく、グローバル化している社会のなかでは「赤信号、みんなで渡れば怖くない」式の日本的な考え方は、すぐに改めるべきです。むしろ、コストをかけてでも、他社に先駆けて知財コンプライアンスを徹底する。よって、顧客の信頼を獲得する。これこそが、今後、我々の目指すべき戦略方向の一つではないでしょうか。今すぐ、その一歩を踏み出しましょう。

 

(株)知財ビジネスリンク
代表取締役
弁理士/MBA 橘 祐史